匠たちの「楽器道」 ~第2回~ ムノツィルに挑む!?

雑誌「楽器族 BRASStribe」にも連載されている≪匠たちの「楽器道」≫から、
『下倉楽器の流儀』をご紹介するコーナーです!

 

下倉の流儀 第2回 ~ムノツィルに挑む?!

前号で、その秘められた楽器メンテナンス能力の一部を暴露していただいた下倉楽器リペアセンター。お客さまの要望には全力で応えるのが使命、と胸を張る信用第一のリペアマンたちに、編集部からとんでもない難題が?果して彼らはどう対応するのか?

 

 

編集部からの突然の挑戦

 「修理にくる楽器は、店で売るものではなくお客さまのものなんです。だから誠心誠意を持って扱うように指導しています」 と語るのは、センターのマネージャーをつとめる坂元氏。前号に引き続いての登場である。
「ただ単に凹みを直すだけではなく、最後にお渡しするまでに徹底してきれいに掃除します。『あれ?前よりきれいになったかな』と言われることも多いんですよ」
ユーフォニアムやチューバなどの大型楽器でも対応できるようなクリーニング設備が揃っているのも自慢のひとつだ。大規模な修理から、基本的なクリーニングまで、ここに持ち込めばできないことはないみたい。
「でも、改造なんかは無理ですよね…」ぽつりと取材班のひとりが呟いた一言に、坂元氏のやさしそうな目がきらりと光った。
「今、なんとおっしゃいましたか?」
「は?あ、あの、大したことじゃあ…」
「改造なんて、うちのスタッフにとっては大したことじゃないですよ(苦笑)。ただ、それで楽器が良くなるかどうかは別問題。プロの方ならともかく、私個人としてはアマチュアの方が改造に凝るのはいかがなものか、と思います」
 
  なるほど。確かにそれは見識だ。しかし取材班のひとりの若造は、ひるむかと思いきや馬鹿を重ねる。
「たとえば、あのムノツィルブラスの曲がった喇叭(らっぱ)みたいなの、つくってもらえませんかねえ?」
坂元氏、無言。取材現場に緊張感が走る。ど、どうしよう…。 

「いいですよ」

  ついに坂元氏が言った。

「本来ならお受けできない業務ですが、うちの技術をお見せするにはいい機会です。ムノツィルブラスのあの楽器は、先日もフランクフルトのメッセで拝見して、面白いなあと思っていたところです。弊社のマルカートを使って、ベルの部分だけをあのように彎曲させる工程をご覧に入れましょう」
 というわけで、早速取材開始。担当していただいたのは、坂元氏の薫陶を受けたリペアセンターの俊英、浅香崇三郎氏(ESP音楽学院出身)である

 

大技の前にも冷静な準備が必要

 いきなり楽器をバラすのか、と思いきや、それ以前にこまごまといろいろな準備をする浅香氏。坂元氏が解説する。
「リペアの仕事は一にもニにも、整理整頓です。特に今回のように楽器を全部バラして再度組み上げる際には、周囲に気を配るのは初歩中の初歩です。またベル曲げはひとりでは出来ませんから、そのために仲間に仕事を調整してもらわなければなりません。まっすぐなベルを曲げるのは修理とはいえませんからリペアマンとしてはちょっと抵抗があるんですが…」
 
  しかし、面白そうだから挑戦しがいがあります、と作業をし ながら浅香氏が言う。
「工程としては比較的単純です。ベル部分を外し、そこに溶解したハンダを流し込んでから固め、型に合わせて曲げればいいわけです。
 
ただ今回のご要望は、あのディジー・ガレスピーが愛用していた楽器のようにただ上にあげればいいわけではなく、いったん下に向けて曲げてから上にもう一度曲げるので、金 属には相当な負担がかかります。ベルの材質に変化をきたしますから、音質がどうなるかはやってみないと判りませんね」
 そうこうするうちに準備が整い、早速作業に取りかかる。
その模様は別掲の写真にある通りだが、手掛けてから完成するまで、なんと一時間半ですんでしまうという予想外の手の早さに一同びっくり。

とても初めてとは思えないが、「作業そのものは日頃の手順を組み合わせているだけですから、難しいものではありません。しかしともかく相手にしているのはお客さまの楽器ですから、万が一にも事故が起きることのないように気をつけています。ベルを曲げる際に余計な力がかかると、曲がった部分が裂けてしまうことがあります」

 

曲がったマルカート、ヒト呼んで「マがりカート」完成!

音は「東北学生音楽祭」で聴いてみて!

 かくて見事にムノツィル風曲がったマルカート、ヒト呼んで「マがりカート」が完成した。取材班には楽器を演奏できるものがいないため、本誌特製キャラクターである「激奏戦隊カンカラレンジャー」のリーダーであるカンカラレッドを呼び、吹かせてみたところ、なぜかベースになったマルカートのジャズモデルTP-580Jよりも音が丸くなった感じだ、という。

  カンカラレッドはこれを持って、本誌別項でも紹介している「東北学生音楽祭」(そう、映画「スウィングガールズ」のラストシーンをリアル化しちゃったイベント。看板にはキチンと「協賛:下倉楽器」の文字もある)におもむき、その音色を披露するという。みなさん、お楽しみに!

 

 

完成した「マガリカート」を手に、「東北学生音楽祭」に向かうレンジャー。
実際の音はそこで確かめよう。
試奏も可能です(マウスピース持参のこと)

対象となったのは、下倉楽器オリジナルブランド「マルカート」TP-580Jジャズモデル(¥42,000/税込定価 モネルピストン&ラウンドクルーク、セパレートヴルヴケーシングという本格派)

小さな支柱外しは、小型バナーで。リペアセンターには他にも中型、大型の3種類のバーナーがある。

というわけで、すべてをバラバラにした。再び装着するものだから、外した段階で丁寧にハンダを取り除いておく。次に課題を残さない、というのが下倉の流儀。

左:バフがけする前。外した部分はこのようにハンダが残っている。
右:バフがけしたあと。反射の度合いが違っているが、表面はすべすべ。

これが溶解した低融合解合金のかたまりだ。138度でこのように解ける。周囲にも熱が発散される。下倉リペアセンターでは、こういった熱処理の作業が出来る施設も完備している。

低融解合金を流し込む前に、「地の粉(砥の粉のようなもの)」を付着させる。本体に余計な合金の付着を防ぐための配慮だ。

低融解合金を流し込む。触ってみたいが、触ったら地獄を見る。それを二人がかりでベルに流し込む。下のバケツで先端を冷やし、逆側から流れ出ないように配慮している

固まった低融解合金(中央の部分

万力にトロンボーン用の芯金をいれ、そこにU字部分をかけて、一気に握りしめる。このあとべる前方を逆方向に曲げる作業に。ベルにとっては試練だ。造るほうも大変だ!

見事、ベル部分の曲げ終了!
折れたり裂けたりしなかったのはさすが!

ベルを大型バーナーで熱すると低融解合金が解けて流れ出す!

 
雑誌「楽器族BRASStribe 2007 Vol.2より

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